「あの~ごめんくださ~い」
夜、ベッドで寝ながら面白いサキュバス物の設定を考えていたら、そんな少女の声が聞こえた。
声がかなりこもってる。部屋のそとから響いたようだ。
「ごめんくださ~い。窓を開けてくれませんか?」
視線を窓に向けると、一人の少女が外にいる。少女というか、頭上に角が生えてて、あと翼も尻尾もついてる……毎日のように想像してる『あれ』とそっくりだ。
少し躊躇ったものの、ベッドから下りて窓の鍵を解ける。
「ありがとうございま~す。あらよっと」
少女が軽やかに飛び入った。外は寒いので僕は再び窓を閉める。
『あれ』にしては結構着ている。白いブラウスにリブスヌード。下半身はミニスカにニーソックスという一見魅力的な格好だが、よく見るとふとももの肉がのってないし、透け感もなんかあやしい。いわゆるフェイクニーハイだ。
「あの……もしかしてサキュバスさん?」
「はい。ご覧の通り、まだまだ未熟者ですが、一応サキュバスです。」
「サキュバスなのに窓くらい開けられないの?」
「何バカなこと言ってるんですか。」
少女サキュバスがちょっとムキになる。
「もちろん魔法で開けられるんですけど、開けていただけるところをわざわざ魔力を費やすなんてもったいないじゃないですか。」
「そう……じゃあこんなにがっつり着てるのも?」
「はい。魔力を節約するためです。あっ、ちょっとスヌード外しますね。」
暖房で少し熱くなったか、スヌードを外してミディアムストレートの黒髪をみせる。いい匂いが漂ってくる気がする。
僕はベッドに、サキュバスが椅子に座って向かい合わせになる。
「それでは改めまして、デリヘル会社サキュパシフィック所属の営業員、あやかと申します。今日はサービス勧誘のために参りました。」
いろいろとツッコミどころがあるが、まずは最大の疑問から。
「なぜ日本名?」
「私は異世界生まれ日本育ちのサキュバスなので。そんなに珍しくはないと思いますけど。」
「名字もあるの?」
「はい。一応プロフィールでは佐藤あやかになっています。親の名字ではなく自分が好きに選んだものですけど……あの、そろそろ本題に入りたいんですけど。」
あやかはカバンからなにか書類を取り出す。
「先ほどご紹介した通り、弊社サキュパシフィックは人間界政府の許可のもと、お客さんの精気を代償にエッチなサービスを提供しております。」
「どうして僕んちに?」
「ディープラーニングです。政府に要求すれば閲覧履歴やネット上の発言など各種データを提供してくれるんです。」
政府やばくない。
「じゃあ、サービスを断る権利とか……僕にあるのかな?」
「それは……弊社にとって潜在顧客を発掘するのも結構大変ですし、政府もただではデータを提供してくれませんし、それから交通費(魔力)もかかりますし……何もしなくて帰るのはあまりにも損ですので、もし断ったら弊社の制度に従って精気を搾り尽くさせていただきます。」
いただくなよ!
ってか死ぬかよ。さっきの流れからもっとラブラブな設定かと思った。
「あの、実はですね……」
あやかがちょっとモジモジしてる。
「私、人間さんを合法的に搾り尽くせると聞いてこの仕事に就いたんですけど、なかなかそいう機会に巡り合わなくて、もう結構の間やってなくてですね……なので断ってくれるとうれしいです。」
「断れるか!」
サキュバス好きとは言え命は惜しいタイプだ。
「そうですか……残念。それではサービス一覧を見てみましょうか。」
あやかが書類を開いて見せてくれる。
「弊社はお客さんの欲求に応じて多彩なサービスを提供しております。それぞれの料金、つまり吸わせていただく精気の量はこういう感じになります。それから指名料と交通費も精気の形で支払っていただきます。」
サービス 料金
スイートボックス…………………………実質無料
ロイヤルボックス…………………………お手頃
インペリアルボックス……………………お得
レジェンドクラス…………………………デンジャラス
指名料………………………………………指名対象との仲による
交通費………………………………………場所による
「ちょっと料金があやふやなんだけど……」
「精気ですから、お客さんの体質や従業員の調子によります。そして一回だけのサービスと長期コースがあるので。」
「ちなみにデンジャラスってやはり……?」
「はい。インペリアルボックス以上は死にます。」
「お得も死ぬって意味かよ!」
「インペリアルボックスには必ず本気エナジードレインが含まれているので、大体の人間さんは死ぬでしょう。でも万が一従業員が疲れた頃まだ息があるなら、トドメは刺しません。『もしかして死なずにエナジードレインを味わえる』という意味でお得です。レジェンドクラスならちゃんと最後まで搾り尽くて差し上げます。破滅的な快感が味わえますよ。」
結構ノリノリでエナジードレインの気持ちよさを紹介するあやか。
「その、まさか無理矢理にレジェンドクラスを迫ってくるなんてしないよね……」
強引商法とか勘弁してほしい。
「あーそれはご安心ください。コース選びには認証用の術式があります。心の底から望んでいなければ発動しませんので……でもね、実は催眠魔法とかでお客さんの精神を干渉し、その術式を強制発動させる上級サキュバスも少なくないですよ。」
それは最低だね。
「いや~羨ましいですね。私はめっちゃ弱いのでそういうのは夢のまた夢なんですけど、いつかお客さんを搾りたいだけ搾れるように成長したいですね。」
あやかが恍惚として明後日の方角を見ている。お願いだからそんなに成長しないでくれ。
「おっとすみません、ちょっと妄想を膨らませていました。では続いて、ロイヤルボックスの内容をご紹介いたします。ロイヤルボックスは手コキ、足コキ、フェラ、パイズリ、エナジードレイン無しの本番などからご自由に選ぶことができます。料金のほうはお手頃と書いてありますけど……まぁぶっちゃけ少し寿命が縮むくらいですかね。」
「じゃあスイートボックスでおn」
「待って!最後まで話を聞いてください。」
すぐあやかに遮られた。
「本当に少しだけです。個人差もありますし、規則正しい食事と科学的なトレーニングによって大部軽減できます。私もお手伝いしますから、食事とトレーニング。」
「それはありがとう。一応スイートボックスの内容と料金も紹介してくれるかな。」
「……スイートボックスは耳かきと添い寝です。」
そんなにエッチじゃなくない?
「サキュバスは人間と触合うだけでも精気を吸うことが可能ですが、効率が低いです。私のような低級サキュバスなら一晩添い寝しても翌朝ちょっとふらふらするくらいです。ですから実質無料。」
紹介を終えて、ふと息を吐くあやか。
「これでサービスを一通りご紹介しましたけど、いかがでしょうか。お気に入りのサービスはありませんか?……もちろん断っていただいても全然構いませんよ。」
いちいち断らせるな。
あとそんなかわいい声で自殺教唆すんな。危ないんじゃないか。
「それでは、どうぞコース選びを。」
「はい。スイートボックスで。」
あやかが露骨に失望の色を見せる。そして微かに舌打ちが聞こえた気がする。気のせいだろうか。
「……かしこまりました。スイートボックスは長期コースに限っております。月1のコースなら契約期間は二年からです。毎月の料金は五万円になります。あとでカードの登録を行いますね。」
「実質無料じゃなかったっけ?」
「それは精気の話です。精気だけもらうと元が取れないので、スイートボックスだけは金銭を要求します。臆病なお客さんのお財布を搾るのも弊社にとって大事な収入源です。」
色んな意味でぼったくりだ。ってか話し方ちょっと乱暴になってない。
カード登録を終了したあと、あやかがベッドに移る。
「初めての相手は私になります。今後はほかの従業員を指名してもいいです。さぁ、どうぞその頑固な頭を私の膝枕に置きなさい。」
このモードいつまで続くの……
ベッドで横になってあやかのふとももに頭を置く。フェイクニーハイだけれども、ツルツルして心地いい。
「ちょっと耳かきの準備をさせていただきますね。えっと、耳かき棒、綿棒、梵天、イヤスコープ……」
「サキュバスなのに専門的だね……」
「サービス精神です。それでは始めますよ。」
意外に本格的な耳かきを始めるあやか。ただただそのくすぐったさとフェイクニーハイのツルツルさを堪能する。さっきは五万円と聞いてぼったくりだと思ったが、案外値段に見合うかも。
コショ
コショ
コショ
コショ
コショ
コショ
気持ちいいけど、ずっと無言だとちょっと退屈。
「あの、なにか会話とか弾ませないかな。」
「厳密に言えば会話はスイートボックスのサービスには含まれないんですけど、まぁいいでしょう。国際情勢やらテレビ番組やらアニメやらどんどん弾ませてください。」
「いやそういうのじゃなくて、せっかくだから……サキュバスについてとか。」
「いいですよ。なにか聞きたいことございますか?」
「……精気って何?」
「そうですね。私も細かいところは詳しくないですし、ちょっと言葉では表現しにくいですけど、魔力と物質の中間にあるものですかね。アデノシン三リン酸って知ってます?」
「エネルギーの通貨と呼ばれるやつ?」
「そう。アデノシン三リン酸が細胞内のエネルギー通貨のように、魔力は異世界間のエネルギー通貨です。もちろんこっちの世界に言うエネルギーではなくもっと上位な何かですけど。この世界には魔力が少なく皆ほとんど魔法が使えませんが、生きていれば必ず魔力をほんの少しずつ生成しています。私達サキュバスはその過程を早めて、魔力と精と中途半端な何かが混ざり合ったもの、つまり精気を吸収することができます。このようにね」
耳に息を吹かれた。不意打ちに全身がピクッと動く。
「ふふ、いま少し精気漏らしましたね。ありがとうございます。」
今まで一番嬉しそうに言うあやか。
「まぁ、そんなに深く考えないで、おとなしく精気を作っていなさいな。反対側いきますよ。」
寝返りして反対側の耳を上に向ける。
コショ
コショ
コショ
コショ
コショ
コショ
顔とふとももがくっついているだけなのに、体がどんどん脱力して、ちょっとしびれる。
よく考えるとサキュバスとこんなに長く触れ合うって危険なことなのに、なぜかすごく安心。判断力も鈍ってきたかな。
「よし、これで終了ですね。最後は仕上げに……あむ」
また息を吹かれるかと思ったら、耳たぶを軽く噛まれた。思わず呻き声を出す。
「今『また息を吹かれる』と思ったでしょう。サキュバスに隙を見せると命取りになりかねないことを覚えてくださいね。あむ……あむ……」
そのあともあやかに耳を犯されていた。
ようやく耳責めから解放されたとき、もう骨抜きにされたように全身がしびれている。
「今日はこれくらいですかね。さぁ、添い寝に移りましょうか。」
ほとんど動けない僕をよそに、寝支度を始めるあやか。
なんとカバンからパジャマを取り出した。なんというか、実用重視で着心地良さそうなデザイン。決してセクシーなデザインではない。
「どうしましたか?もしかして、レースのレオタードなど期待していました?」
「うん。まぁ……その可能性もあるかなーって」
「ありえないじゃないですか。寒いですし着心地もよくないですし。ロイヤルボックスのお客さんなら着てあげてもいいですけど。」
あやかが電気を消して、僕と一緒にベッドに入る。
「普段はどういう姿勢で寝ますか?」
「右向きが多いかな。」
「では私は後ろから抱きしめますね。」
あやかの手が腰の前に回す。背中からなにか柔らかい感触が伝わって、首筋にかすかに吐息を感じる。
「本日のサービスいかがでしたか?」
「えっと……とても良かった。」
「興奮してくださいましたか?」
「……はい。」
やっぱ気づかれた。ってかバレバレすぎ。今でも欲望の塊がまったく収まらない。
「スイートボックスは耳かきと添い寝だけですから、無茶苦茶なことはしないでくださいね。」
言わなくても分かってる。
「でも、もしお客さんがその気になれば……」
首筋付近の吐息が近づけた。
「……いつでもコース変更ができますよ。」
結局こうきたか。
まぁ、サキュバスだもんね。
「気持ちはうれしいけど、もう少しこれで我慢するわ。」
「ふふ……いつまで耐えられるんでしょうかね。楽しみにしています。もう遅い時間ですね。今日はお互いにとって特別な日ですから、ゆっくり休んでくださいね。」
「うん。おやすみ」
人生初、サキュバスに抱かれて夜を迎えた。
……
……
……
その日はあまりよく眠れかった。あやかが深夜まで翼をごそごそと動かしてる。
「ごめんなさい……あの、実は私こういう姿勢で寝るのあまり慣れてなくて、ちょっと翼の置き場所が……」
「別に僕を抱いたまま寝なくてもいいよ。」
「いえ、それは……ちょっと立場上お客さんを誘惑しなくちゃ……もう少しだけ我慢していただけないでしょうか?」
なんか、サキュバスも大変だな。